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    風はすつかり途絶えていた。

    「さあて、帰るかな」

    房一は先に立つて行つた。居間も座敷も畳が入れかへてあつた。だが、家具らしいものの何一つないこの大きな部屋には何かちぐはぐな乾いた空洞のやうな空気があつた。部屋の向ふには裏手の築地で四角に仕切られた庭があつた。そこにも目につくやうなものは何もなかつた。土の上に新しく削りとつた雑草の痕跡が一杯にのこつていた。その急に日向ひなたに出され、人の足に踏まれて顔をしかめたやうな土のひろがりの向ふには、低い築地とその際にたつた一本だけかなりに大きな無花果いちじゆくの樹がぼつさりと茂つていた。その葉裏にかすかに色づいた円つこい果の色だけがふしぎと生ま生ましい。

    「あゝ、高間さんの奥さん。――さうですね」

    練吉は小学校時分のことを思ひ出したのかふいにをかしさうに笑ひ声を立てた。

    思はず時間がたつてしまつた。房一は腰を上げた。前脚の上に顎をのせて長々と寝そべつていた犬は急に起き上つて身ぶるひした。徳次は、房一の往診の時間を大分遅らせたのにやつと気づいた。

    「うん」

    「いや、鳴つた。出張所の鐘がたしかに鳴つていた」

    「これはどこに置きますかね、この漬物桶は。――はい、はい。どつこいしよ、と」

    今の家へは、温泉がぬるいというのを承知の上で越してきた。

    房一はすぐと、大石練吉のことを思ひ浮かべた。大事をとるといふ名目で、彼の対診を求めることにしたのである。

    「随分早いのね」

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